新型コロナウイルスによる嗅覚障害:嗅上皮の脱落

  この2月からは、新型コロナウイルスに対するワクチンの接種が始まるようですが、今後どう展開するのか予断を許さない状況です。新型コロナウイルスの感染症(COVID-19)では、発熱や咳が出ていなくても約半数のヒト(30~80%)が味覚や嗅覚の異常を訴えることから、嗅覚障害は感染初期の診断を補足するのに役立つと考えられています。嗅覚障害はアデノウイルスなど200種類以上のウイルスが原因で引き起こされ、新型コロナウイルスに特徴的ではありませんが、流行時における一つの大きな指標といえます。

  鼻腔の鼻粘膜上皮表層(嗅上皮)には、匂いを感じる嗅細胞(嗅神経)や支持細胞として、粘液を出す杯細胞と線毛を有する線毛(繊毛)細胞が存在しています(図参照)。最近の研究から、この二つの支持細胞に、感染の鍵物質となる受容体(アンジオテンシン変換酵素II (ACE2))と蛋白質分解酵素(TMPRSS2)の二つが豊富に発現していることが示され、鼻腔は新型コロナウイルス感染の主要な入り口になっていることが分かります。

  新型コロナウイルスの感染による嗅覚障害は、嗅上皮を形成する細胞群の機能障害、細胞死、炎症などによるものと考えられ、最終的には短時間で組織(嗅上皮)の脱落が起きると思われます。つい先日(2021年2月1日)、東京大学医学系研究科、東京大学医学部附属病院、テキサス大学医学部の研究グループは、モデル動物を使って新型コロナウイルスの感染が成立すると、感染後数日で広範囲にわたって嗅上皮が脱落することを報告しています。

  新型コロナウイルス感染による嗅覚障害は、初期症状の 1 つとして知られているだけでなく、発症後約 2 か月経過し PCR が陰性化した患者の 18~45%で、何らかの嗅覚障害が残存していることも明らかになっています。そこで研究者達は、新型コロナウイルス感染による嗅覚障害の病態解明や治療法の開発を目指して動物モデルの確立を試みた結果、ハムスターを用いて新型コロナウイルスの感染症(COVID-19)と酷似したモデルを作ることができました。

  このモデルを用いて様々なウイルス量で感染実験を行ったところ、ウイルス量に関わらず感染が成立すると、感染後早期に広範囲にわたって嗅上皮の損傷、脱落が生じていることがわかりました。図(文献デ-タを模式化)に示されるように、損傷、脱落は感染後3日でピ-クになっています。また、嗅上皮の大部分は感染後 21 日で正常の厚さに戻りましたが、部位によって傷害程度や再生速度は異なっており、一部の嗅上皮では傷害が残っていることも明らかとなりました。

  このように、新型コロナウイルスによる嗅覚障害は、1)ウイルス暴露量は関係ない(少量でも起きる)、2)ウイルス感染後早期に嗅上皮の脱落が生じる、3)感染後 21 日でも一部の嗅上皮は再生が不完全である、ことが明らかになりました。新型コロナウイルス感染症では、全身に様々な変化、障害が現れますが、モデル動物を調べることで、嗅上皮だけでなく全身の臓器を解析することが可能になると思われます。(by Mashi)

・梅が香やどなたが来ても欠茶碗(小林一茶)

梅の香りが漂う中、来客があってもおもてなしは欠けた茶碗という貧乏暮らし。当時もアデノウイルスなどに感染し、嗅覚障害で梅の香りが分からない人がきっといたことでしょう。

参考文献:Shinji Urata et al., Regeneration Profiles of Olfactory Epithelium after SARS-CoV-2 Infection in Golden Syrian Hamsters. ACS chemical neuroscience (2021, Feb.1) doi.org/10.1021/acschemneuro.0c00649

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