厚生労働省の簡易生命表の概況によると、2018年の日本人の平均寿命は男性81.25年、女性87.32年となっています。一方、健康寿命(2016年のデ-タ)は、男性が71.19歳で、女性は74.21歳であり、健康寿命は男女ともに平均寿命より約10年程度短い事が分かります。健康寿命とは、「健康上の問題で、日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことであり、自立して、健康に生活できる期間ということです。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、要支援者・要介護者となる要因の第1位は認知症、2位は脳卒中、3位は高齢による衰弱、4位は骨折・転倒、5位は関節疾患となっています。
平均寿命に近い人、健康長寿の人、若くして亡くなる人、不健康な日々を送り亡くなる人、人生色々です。実は、虫の「人生」も色々だそうです。最近、熊本大学大学院生命科学研究部および大学院先端科学研究部の研究者達は、線虫を用いて自動寿命測定システムの開発に成功しました。システムを用いて線虫の集団解析をしたところ、平均的に生きる集団、健康長寿の集団、健康で早死にする集団、不健康期間が長い集団の4群に分類できました(図参照)。
線虫カエノラブデイテイス・エレガンス(C.elegans)は、土壌に生息し、細菌類を食べている体長1mmくらいの小さなミミズのような動物ですが、有用なモデル動物として研究に広く利用されています。たとえば、この線虫をモデル動物として確立し、器官発生とアポト-シスの制御を明らかにした研究に、2002年のノ-ベル賞が授与されています。2006年には、この線虫を用いて遺伝子抑制の手法(RNAi)を開発した業績にもノ-ベル賞が贈られています。最近では、この線虫が、がん患者さんと健常人の尿のにおいを識別できることから、安くて簡便ながん診断方法の候補としても注目されています。
さて、研究者達が開発した自動寿命測定システムは、線虫の定期的な撮像画像の重ね合わせにより、撮影前後で重ならない(動く)線虫を「生線虫」、撮影前後で重なる(動かない)線虫を「死線虫」として見分けるシステムです。また、線虫には「積極的行動状態、無活動生存状態、死亡状態」が存在し、積極的行動期間を線虫の「健康寿命」と定義し、画像上で判別可能とする線虫全自動健康寿命測定システムも確立しました。
このシステムを用いると、個々の線虫の健康寿命、不健康期間、死ぬまでの寿命を算出することができ、これらのパラメーターを用いた集団解析が可能となります。集団解析では、遺伝的に背景が同じである線虫を、平均的に生きる集団(約28%)、健康長寿の集団(約30%)、健康だが早死にする集団(約35%)、不健康期間が長く短命の集団(約7%)の4つに分けることができました(図参照)。人間の様々な人生そのものですね。
さらに、これら線虫集団を用いて、健康寿命を延ばす方法も確認できました。細胞内のエネルギ-産生と関係する酵素(AMP活性化プロテインキナーゼ)を、遺伝的に活性化すると、健康長寿の集団が劇的に増加し、不健康期間の長い集団がいなくなることが分かりました。またAMP活性化プロテインキナーゼを活性化することが知られているメトホルミン(以前から抗糖尿病薬として使われている)により、同様の健康長寿の集団の劇的な増加が観察されました。近年メトホルミン(抗糖尿病薬)は、糖尿病患者の寿命を延ばすことが知られるようになり、現在米国では、メトホルミンによりヒトの健康寿命を延ばせるかどうか、臨床試験が行われています。(by Mashi)
・けふの日も棒ふり虫よ翌(あす)も又 (小林一茶)
人生色々、線虫ならぬ棒ふり虫(ボウフラ)も色々。浮いたり沈んだりの連続。
参考文献:Yoshio Nakano et al., Intrapopulation analysis of longitudinal lifespan in C. elegans identifies W09D10.4 as a novel AMPK-associated healthspan shortening factor. Journal of Pharmacological Sciences (2021) doi.org/10.1016/j.jphs.2020.12.004
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