クジラも磯の香りが大好き

  私達が海で感じる潮の香り、磯の香り。この香りの元は海藻やプランクトンであり、香りの正体は、ジメチルスルフィド(ジメチル硫黄(硫化ジメチル): CH3-S-CH3)です。海藻やプランクトンは、硫酸イオンを必要とする生態系に生息しており、浸透圧調整のためにジメチルスルフォニオ・プロピオン酸塩を利用していますが、この物質が微生物などにより分解され、磯の香りであるジメチルスルフィド(ジメチル硫黄、硫化ジメチル)になります。

  海藻が打ち上げられている浜辺では、強い磯の香りがします。ジメチルスルフィドは濃度が薄ければ、心地よい潮の香り、磯の香りですが、濃度が高いとキャベツやタマネギの腐った匂いとして感じる人が多いようです。このジメチルスルフィドは、口臭の原因の一つでもあり、また都市ガスの着臭にも使われています。

  さて海水には、海藻やプランクトン由来のジメチルスルフィドが常に溶存していますが、大気にも移行します。鳥類は一般にすぐれた嗅覚を持っていますが、アホウドリなどの海鳥は、このジメチルスルフィドを感知し、海と陸の場所を確認しています。さらに魚を捕るのにもこのジメチルスルフィドは役に立っているようです。なぜならプランクトンが豊富な場所には魚が集まり、その場所でプランクトンから多量に産生されているジメチルスルフィドが、濃度高くその海域の大気中に漂うからです(図参照)。

  ところで、広大な海の中でクジラ(ヒゲクジラ類)はどのようにしてオキアミなどの餌となるプランクトンを探しているのでしょうか? 最近、熊本大学大学院先端科学研究部や米国ウッズホール海洋研究所を初めとする国際研究グループは、海洋の大気や海水に含まれる磯の香りの成分(ジメチルスルフィド)の濃度勾配をたどると、オキアミなど動物プランクトンのいる所に到達できることを明らかにしました。動物プランクトンの密度とジメチルスルフィドの濃度の間には正の相関があり、クジラなどの海洋動物がジメチルスルフィドの濃度勾配を認識できれば、餌の豊富な場所に到達できることを示しました。

  動物プランクトンであるオキアミは、珪藻などの植物プランクトンを餌として繁殖します。植物プランクトンは、先に述べたようにジメチルスルフィドを産生します。そこで研究者達は、海水と大気に含まれるジメチルスルフィドを調べるため、双方を連続的に自動分析する装置を新たに開発しました。

  その装置を用いて調査した結果、限られた小面積の海域でもジメチルスルフィドの濃度に差があることが分かりました。また、海水や大気に含まれるジメチルスルフィドの濃度は、動物プランクトンの密度と正の相関があることも判明しました。もしヒゲクジラ(ナガスクジラ、ザトウクジラ他)の嗅覚がジメチルスルフィドの濃度勾配を検知することができ、濃い方へと移動すれば、やがて餌(オキアミなどの動物プランクトン)の密集域に到達できると思われます。

  おそらくクジラだけではなく、ペンギンなどの海洋生物も嗅覚によりジメチルスルフィドを感知し、同様の給餌行動をとっているのかもしれません。私達は、磯の香りを心地よく感じますが、クジラなどの海洋生物にとっては、磯の香りは死活問題なのですね。(by Mashi)

・夏山や一足づつに海見ゆる(小林一茶)

信州育ちの一茶は、広大な海を見てさぞかし感動したことと思います。当時も捕鯨は行われていましたが、一茶がクジラを知っていたかどうかは不明。

参考文献:Kylie Owen et al., Natural dimethyl sulfide gradients would lead marine predators to higher prey biomass. Communications Biology, volume 4, Article number: 149 (2021) doi:1038 s42003-021-01668-3

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