植物は様々な匂い物質を介して、お互いにコミュニケーションをとっていると考えられています。例えば、食害を受けた植物は、特別な匂いを放出しますが、その匂い物質は隣接する被害を受けていない植物に伝播され、匂い物質を受容した植物は、さまざまな防御機構を高めることが知られています。植物がどのようにして匂い物質の情報を受け取っているのか長年不明でしたが、最近、匂い物質と結合して遺伝子発現制御に関わる転写制御因子が存在することが分かりました。
たとえば、イランイランやクローブ、ローズマリーなどに含まれている香り物質のß-カリオフィレンは、植物のストレス応答遺伝子の発現を3 ~ 6時間で特異的に誘導します。すなわち、植物がß-カリオフィレンという香り物質の構造を識別していることであり、実際、ストレス応答に関わる特定の転写制御因子は、ß-カリオフィレンと「鍵と鍵穴」のように認識するタンパク質であることが明らかになりました。
このように、植物で生理活性を担う転写制御因子が、香り物質を感知する「受容体」として機能しているとすると、ヒトなどの動物でも嗅覚受容体とは別に、香り成分に結合するタンパク性因子が存在し、体の生理機能に影響を与えている可能性も考えられます。最近、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の研究者達は、β-カリオフィレンへの嗅覚暴露により、女性は唾液中の男性ホルモン(テストステロン)レベルが増加することを報告しています。
テストステロンは男性ホルモンの代表であり、筋肉質な体型やがっしりした骨格などを作り出す性ホルモンであり、思春期に急激に分泌量が増え、身体や精神の発達に大きく影響を与えます。テストステロンは、約95%が睾丸(精巣)で作られ、残り5%は副腎で作られています。一方、エストロゲンは女性ホルモンの代表であり、乳房の発育や丸みのある体型を作り、また子宮内膜を厚くして妊娠に備える働きもあります。
男性ホルモンのテストステロンは、実は女性でも副腎や卵巣から微量ながら分泌されており、男性の5 ~ 10%程度はあるといわれています。女性は、閉経とともに女性ホルモンのエストロゲン値が下がりますが、テストステロンの値はほぼ変わりません。テストステロンは、男女共に性欲に関係しています。
さて、研究者達は19人の成人女性に研究に参加してもらいました。被験者は香り暴露装置の前に座り、20分間ジプロピレングリコール(対照)にさらされ、続いて20分間3%β-カリオフィレンにさらされました。対照およびβ-カリオフィレンにさらされる前後4回、唾液を採取し性ホルモンレベルを測定しました。
その結果、β-カリオフィレンは、有意にテストロンの唾液中濃度を増加させることが分かりました。暴露前後での変化率は、対照群で 0.97 ± 0.05、β-カリオフィレン群で 1.13 ± 0.03と、わずかですが有意(危険率1%以下)に増加しました。一方、女性ホルモンのエストロゲンは、β-カリオフィレンにさらされても増加しませんでした。増加率は、対照および β-カリオフィレンでそれぞれ 1.05 ± 0.03、1.07 ± 0.04で有意差はつきませんでした。β-カリオフィレンを含むイランイランなどは、従来から催淫作用が知られていますが、今回ご紹介した、テストステロンの増加作用と関連があるのかもしれません。(by Mashi)
花の香りが漂っているような小林一茶の句を二つ。
・夏菊の小しやんとしたる月夜哉
・梅咲けど鶯鳴けどひとり哉
参考文献:Tarumi Wataru, Shinohara Kazuyuki, Olfactory Exposure to β-Caryophyllene Increases Testosterone Levels in Women's Saliva. J Sexual Medicine 8(3), 525-531, (2020)
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