脳・腸・肝は情報をやりとりしている

  多くの動物では、脳の状態が腸に影響を及ぼし、逆に腸の状態も脳に影響を及ぼすことが知られています。たとえば、ストレスを感じると腸の調子が悪くなったり、逆に、腸の状態が良くないと脳に影響を与え、気分などが悪くなり不調を訴えたりします。脳と腸は自律神経系やホルモン、サイトカインなどの液性因子を介して密接に関連しており、この双方向的な関係を「脳腸相関」とよんでいます。

  脳腸相関では、脳と消化管をつなぐ迷走神経も重要な意味を持っています。迷走神経は、第X脳神経とも呼ばれている脳神経の一つであり、代表的な副交感神経です。迷走神経といわれるように、体の中で複雑な走行を示し、頸部から胸部内臓、腹部内臓にまで分布し、声帯、心臓、胃や腸などの運動、分泌を支配しています。迷走神経反射は、外界刺激が迷走神経の求心性線維により中枢に伝わり、遠心性線維が生命維持のために末梢各臓器に防衛反応をうながす反射です。(たとえば注射、起立などのストレスで失神したりする)

  では、脳はどのようにして腸内細菌を含む腸管環境の変化を検知し、その変化に応じて腸管環境を制御しているのでしょうか。慶應義塾大学医学部内科学教室のグループが、この謎に挑戦しました。研究者達は、腸管内の情報が血流によって肝臓に伝えられ、その情報が肝臓で集積・統合された後、迷走神経を介して脳に伝えられることを明らかにしました。さらに、脳はこの情報に基づき、腸管免疫が過剰に活性化しないように、迷走神経反射によって制御していることも分かりました(図参照)。

  腸管内は、腸内細菌や食物由来抗原などの異物に絶えずさらされていますが、過度な炎症反応が起きないように、腸管では制御性T細胞(Treg)が働いています。異物を排除する他のT細胞とは逆に、制御性T細胞は、免疫応答を抑制する作用を持っています。制御性T細胞の分化、維持には、特定の腸内細菌やサイトカインなどが重要だと考えられてきました。しかしながら、うつ病や過敏性腸症候群の患者が炎症性腸疾患を発症する頻度が比較的高いことから、自律神経が腸管免疫に影響を及ぼす可能性も考えられています。

  研究者達は、マウスを用いた実験により、腸管における制御性T細胞(Treg)の分化、成熟に重要な抗原提示細胞が腸管粘膜固有層内の神経の近傍に多く存在すること、またマウスの迷走神経を外科的に遮断したところ、腸管制御性T細胞(Treg)が著しく減少することを見つけました。さらに腸炎モデルマウスでは、迷走神経を遮断すると、腸の炎症が増悪することも分かりました。

  結果として、迷走神経肝臓枝求心路を介して脳幹に刺激が伝わり、左迷走神経遠心路を介して腸管神経が興奮するという迷走神経反射が、腸管の腸管制御性T細胞の分化、成熟に重要であることが明らかになりました(図参照)。研究者達は、腸内細菌や栄養状態、pH、酸素濃度など腸内の多岐にわたる膨大な情報を、門脈を介して肝臓で一度集約し、整理した状態で脳に伝える方法を取っているのではないかと考えています。(by Mashi)

参考文献:Toshiaki Teratani, et al., The liver–brain–gut neural arc maintains the Treg cell niche in the gut. Nature volume 585 , pages591–596 (2020) https://www.nature.com/articles/s41586-020-2425-3

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