健康長寿のヒントは宇宙マウスから

    宇宙を飛行する時、飛行士は微小重力や高線量の宇宙線などの過酷な環境にさらされます。これらは宇宙飛行士たちにストレスを与え、体内の生理学的システムの恒常性が影響を受けます。従って、人類が宇宙進出を果たすためには、宇宙放射線や微小重力環境などの宇宙環境ストレスによる健康リスクを克服することが必要となってきます。最近、東北大学大学院医学系研究科および宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者らは、宇宙長期滞在によって加齢変化が加速すること、また宇宙ストレスによってNrf2と呼ばれる転写因子(DNAに結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質)が、この加齢変化の加速を食い止め、健康を維持するために働くことを明らかにしました。

 転写因子Nrf2は、酸化ストレスを緩和する主要な転写因子ですあり、DNAに結合することにより、抗酸化因子などの生体防御関連遺伝子を活性化します(図参照)。酸化的ストレスを含むさまざまな環境ストレスは、Nrf2を誘導、活性化することが示されており、Nrf2の誘導は、癌、糖尿病、炎症などのさまざまな病気と関連することがよく知られています。研究者達は、空間ストレスがNrf2を活性化し、空間ストレスへの適応応答を調節する上で重要な役割を果たすか検討しました。

 2016年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、転写因子Nrf2のノックアウトマウス(Nrf2遺伝子が無効化されたマウス)を宇宙に送る実験を計画しました。宇宙ストレスへの適応応答の調節で、転写因子Nrf2が果たす役割を解明するために、6匹のNrf2-ノックアウトマウスと6匹の健常マウスを用いて、1か月間の宇宙飛行(国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟で飼育した)が実施されました。(「きぼう」の写真はウイキペデイアより) 2018年に国際宇宙ステ-ションに31日間滞在した後、すべての飛行マウスは無事地球に戻りました(他国の実験では全例生存帰還することはめずらしい)。

 帰還したマウスの解析から、宇宙滞在によるマウス血液代謝物変化は、ヒトの加齢と有意な関連を示し、宇宙での滞在が加齢変化を加速させることが明らかになりました。さらに、抗酸化物質などの生体防御に関わる遺伝子を活性化する転写因子Nrf2は、宇宙環境ストレスによる加齢変化を食い止め健康を維持するために働くことがわかりました。これらから、宇宙滞在中の健康リスクの克服法、そして地上における様々な加齢性疾患の予防や治療への臨床応用が期待されます。健康長寿のヒントは宇宙マウスから学ぶ、と言えるのでしょう。(by Mashi)

参考文献:Takafumi Suzuki, Akira Uruno, Masayuki Yamamoto、Nrf2 contributes to the weight gain of mice during space travel.  Communications Biology volume 3, Article number: 496 (2020)

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