クマゼミの翅(羽)に学ぶ抗菌構造

  ヒトは動物界の頂点にいると思っているかもしれませんが、動物のすぐれた能力、行動には私達の知らないものが数多くあると考えられます。そのような動物がもつ優れた能力や行動をヒントに生みだされた新しい発明品はたくさんあります。たとえば、トリの飛行から航空機の翼、イカから液晶、シロアリに学ぶ建築術、ムール貝をヒントに接着剤、コウモリを参考にレ-ダ-やスキャナーなどなど、枚挙にいとまがありません。

  さて、動物が産生する抗菌物質は数多く知られていますが、今回ご紹介するのは抗菌物質ではなく、抗菌作用を示す構造物です。セミは、アブラゼミやニイニイゼミなど有色の翅(羽)を持つ種類と、クマゼミやミンミンゼミなど透明な翅(羽)を持つ種類がいます。このうち透明な翅(羽)には抗菌効果があることを、オーストラリアの研究チームが既に発表していました。しかし、抗菌作用にはセミの翅(羽)に含まれる成分が関係しているのか、あるいは翅(羽)を構成する特殊構造によるものなのか、詳しいことは分かっていませんでした。

  関西大学の研究者達は、クマゼミの翅(羽)の構造を詳細に調べ、セミの翅(羽)の透明の部分には、健康サンダルのように無数の微細な突起が、規則正しく並んでいることを明らかにしました。クマゼミの翅(羽)の表面には高さ約0.2μmの極小の突起がぎっしりと規則正しく並んでいます(図参照)。この構造は蛾の目(モスアイ)構造と呼ばれ、光の反射を抑え、水をはじくことができます。このような構造体に細菌が付着すると、細胞壁や細胞膜が小さな突起により物理的に破壊されると思われます。生け花では針のたくさんついた剣山を使いますが、イメ-ジとしては剣山の上にのせられた状態でしょうか(図参照)。

  そこで研究者達は、この構造と同じ形のナノレベルの微細構造(ナノ構造)を、シリコン基板で作ることを試み、髪の毛の千分の1ほどの太さの突起を、基板の上に規則正しく作成することに成功しました。この人工の蛾の目(モスアイ)構造の上に、大腸菌を含む液を垂らして培養し、菌数の変化を調べた結果、生菌数が約1%に減少することが示されました。槍のようなモスアイ構造の突起で、細菌が物理的に破壊されるものと思われます。

  どのような細菌に効果があるのか調べたところ、大腸菌の他、肺炎桿菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)など、グラム陰性菌、陽性菌にかかわらず広い抗菌スペクトルを示し、生菌率は約1%に低下しました。例外的に、薬剤耐性緑膿菌は20%程度の生菌残存が確認されました。

  このように、クマゼミの翅(羽)に存在するナノ構造が、細菌に対して抗菌作用を示すことにヒントを得て、ナノ構造突起を人工的に作製することで、薬剤を使わずに抗菌作用を示すことができる新しい抗菌・殺菌材の開発が可能であると思われます。このナノ構造はグラム陰性菌、陽性菌にかかわらず広い抗菌スペクトルを示し、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)にも有効であることから、今後医療分野の新しい抗菌材としての利用が期待されます。(by Mashi)

・蝉鳴くや今象潟(きさかた)がつぶれしと(小林一茶)

(象潟の海がなくなったと蝉が騒いでいる。芭蕉が詠んだ象潟の海は、1804年の出羽大地震で隆起して消滅し、陸地になったため現在はセミが鳴いていることを詠んだ1813年の句。)

参考文献:伊藤 健、セミから学ぶ抗菌・殺菌材料、医学のあゆみ、275, 379-384 (2020)

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