香りのハ-モニ-(拮抗作用と相乗効果)

    私達の鼻腔の中には、匂い分子を検出するためのセンサーである嗅覚受容体を約400種類有する嗅神経細胞があります。一つの細胞には1種類の嗅覚受容体しかありませんが、数種類の受容体を組み合わせることで、膨大な種類の匂い分子や、無限通りともいえる匂いの混合物を識別することができます。

    従来、匂い分子は活性化された嗅覚受容体の組み合わせによって認識されることから、匂いの混合物は、活性化パターンの足し算として認識されると考えられてきました。しかしながら、最近九州大学大学院医学研究院と理化学研究所の研究グループから、匂い分子は、特定の嗅覚受容体を活性化させるだけでなく、しばしば別の嗅覚受容体を抑制することが報告されました。更に、複数種類の匂いを混ぜてマウスに嗅がせると、個々の匂い応答の足し算となるとは限らず、拮抗作用によって反応が抑制されたり、相乗効果によって反応が増強されたりすることも明らかになりました。

    研究者達は、嗅神経細胞の匂い応答をカルシウムイメージング手法によって測定した結果、匂い刺激を行うと、嗅神経細胞の中には、興奮するものだけでなく、抑制されるものも多くあることが分かりました。すなわち、匂い分子は嗅覚受容体の「活性化と抑制の両方のパターン」によって認識されていると考えられたのです。

    次に、この測定方法を用いて、匂いの混合物が嗅神経細胞でどのような反応を生じるか、調べてみました。その結果、匂い分子の混合物に対する応答は、個々の匂い分子に対する応答よりも小さくなる場合(拮抗阻害)や、個々の匂い分子に対する応答の足し算よりもはるかに大きくなる場合(相乗効果)があることが分かりました。特に高濃度の匂い分子を混ぜ合わせると拮抗阻害が生じやすく、反対に弱い応答しか生じない低濃度の匂い分子を混ぜ合わせると、相乗効果によってより大きな反応を生じやすいことが分かりました。このことは、香料の組み合わせによって嫌な匂いを感じなくすることができたり、ほとんど匂いとして感じないような成分を追加することで豊かな香りが生まれたりする経験則にも一致するといえます。

    私達の生活の中でも、この香りのハ-モニ-(拮抗作用と相乗効果)は経験的に行っています。たとえば、魚料理や肉に大根おろしやレモン、ハーブを添えると臭みが抑えられますが、これは拮抗阻害による効果と思われます。芳香剤による消臭効果も類似の反応が起きていると考えられます。一方、香水やワイン(ワインには800種類以上の香り成分が含まれている)などでは、微量の香り物質の組み合わせによって豊かな香りが生み出されますが、これは相乗効果によるものと考えられます(図参照)。このような効果は、従来脳の中枢において生じると考えていましたが、末梢の嗅神経細胞、嗅覚受容体レベルですでに起きていると想定されます。(by Mashi)

参考文献:Shigenori Inagaki et al., Widespread Inhibition, Antagonism, and Synergy in Mouse Olfactory Sensory Neurons In Vivo. Cell Reports(2020) DOI: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.107814

0コメント

  • 1000 / 1000