嫌われもののゴキブリやカマドウマの好きな香り

   昭和の時代には、古い家屋の薄暗い湿気の多そうな所にはちょっと不気味な虫が潜んでいました。その名はカマドウマ(図参照、写真はウィキペデイアより)。成虫でも翅をもたず長い後脚で跳躍し、姿や体色、飛び跳ねる様子が馬を連想させ、竈(かまど)の周辺などによく見られたことからこの名前がつけられたようです。また「便所コオロギ」などとも呼ばれ、何となく敬遠されていました。夜行性のため日中は閉所や暗所にいますが、夜には歩き回って餌を探す雑食性の昆虫です。

  一方、誰もが知っている嫌われものはゴキブリです。昭和の時代には、「油虫(アブラムシ)」ともよく呼ばれており、俳句の夏の季語としても広く親しまれています?が、アリマキ(現在ではこちらをアブラムシということが多い)との混同を避ける為に、近年ではゴキブリのことをアブラムシとはあまり呼ばなくなっています。

  ゴキブリという名称は、明治に出版された日本初の生物学用語集に脱字があり、「ゴキカブリ」の「カ」の字が抜け落ちたまま拡散・定着してしまった事に由来するそうです。本来は熱帯雨林に生息する昆虫で、昼間は朽ち木や落ち葉の陰にひそみ、夜になると出歩いて朽ち木や動物の死骸などを食べる雑食性の昆虫です。日本では、クロゴキブリ(つやのある黒褐色)、ワモンゴキブリ(大型)、チャバネゴキブリ(体長15mmほどの小型種)が主に知られています。

  さてこのような嫌われものの昆虫たちですが、意外なことに花の香りに魅せられ、花粉媒介者として働くこともあるようです。最近、神戸大学大学院理学研究科の研究者は、鹿児島屋久島に自生している、光合成をしない植物「ヤッコソウ」の生態を調査し、ゴキブリやカマドウマの仲間といった、通常はほとんど送粉者と見なされない昆虫たちが花粉の媒介をしていることを明らかにしました。

  被子植物のうちおよそ9割の種は、花粉や蜜などの報酬を提供し、ハナバチなどの動物に花粉を他の花に運んでもらうことで、受粉の手助けをしてもらっています。例えば世界の食料の9割を占める100種類の作物のうち、7割はハナバチが受粉を媒介しており、ハナバチ無しでは、人間も生活できません。ミツバチなどのハナバチが、多くの植物にとって重要な花粉の運び手ですが、変わった花を咲かせ、香りを放つ植物には、予想もつかない動物が花粉の運び手である可能性があります。

  そこで研究者は、光合成をやめ、変わった花を咲かせるヤッコソウの花粉の運び手となる動物を検討するため、自生地の一つである屋久島において、昼夜を問わず観察を続けました。その結果、主要な花粉の運び手として浮かび上がってきたのはスズメバチ、ゴキブリとカマドウマでした。これらの昆虫は蜜を吸うためにヤッコソウの花々をせわしなく移動し、大量の花粉を体につけて動き回っていました。後日、観察すると確かに結実していることも確かめることができました。つまり、ヤッコソウの花粉の主な運び手は、スズメバチ、ゴキブリやカマドウマであることが明らかになりました。

  ゴキブリに受粉を託す植物は、世界中でも数えるほどしか知られていませんし、カマドウマが受粉に寄与する植物は、全く知られていませんでした。嫌われものの昆虫たちですが、自然の中では立派に生態系の一員のようです。(by Mashi)

参考文献:Kenji Suetsugu. Social wasps, crickets and cockroaches contribute to pollination of the holoparasitic plant Mitrastemon yamamotoi (Mitrastemonaceae) in southern Japan. Plant Biology (2019) Volume21, Issue1, Pages 176-182 doi.org/10.1111/plb.12889

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